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シリーズ「コミュニケーション」

患者は「弱者」 理解度思いやるコミュニケーションを

田中牧郎・国立国語研究所言語問題グループ長

2008年12月1日

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 前回わたしは、医療者が普通に使う医療用語が、患者には分かりにくく誤解を生みやすいものが多いことを指摘し、用語自体が、医療現場でのコミュニケーションの障害になっている問題を書いた。そして、これを改善する取り組みとして、国立国語研究所が委員会を作り、「病院の言葉」を分かりやすくする工夫について、医療者に対して提案を行う準備をしていることを紹介した。さきごろ、この提案の中間報告をまとめて報道発表を行い、病院や医療系の大学・短大などに冊子を送り、同じ内容をホームページにも掲載した。

 私たちの委員会では、医療の専門家と言語の専門家とが協力して、具体的な用語一つひとつについて、患者が言葉を知っているか、意味を理解しているか、誤解をしていないか、医療者がどんな風に言葉を使うとその内容が患者に伝わるのかを、詳しく検討した。その結果、三つの類型に分けて工夫の仕方を整理すると分かりやすいという結論に達した。

 第一の類型は、「寛解」「イレウス」「MRSA」など、患者になじみのない言葉で、これらは、例えば「寛解」であれば、「一時的によくなること」などと、まずは日常語で言い換え、医療用語自体を使わないようにするのがよい。第二の類型は、「インスリン」「糖尿病」「貧血」などで、患者も、言葉はよく知っているが、意味を正しく理解していないもので、その正しい意味を明確に説明する必要がある。第三の類型は、「セカンドオピニオン」「緩和ケア」「QOL」のような、最近登場してこれからの医療にとって重要な考え方を表す言葉で、誰もが使いこなせるように言葉と概念を普及するのが望ましい。

 多様な用語や多様な医療場面に応じて、医療者が分かりやすく説明できるように、応用のきく基本的な枠組みを示したつもりだ。

■寄せられている意見

 この提案は、幸いにも関心を呼び、発表後約1か月で、医療者を中心に600件近い意見が寄せられている。アンケートでは、参考になるという回答が95%を超え、私たちの問題意識と提案の方向性は支持されたのではないかと考えている。多様な意見があったが、特に多かったのは、当然伝わっていると思っていた言葉が伝わっていないことに驚いた、医療者と患者の意識のギャップにあらためて気づかされた、というものだ。

 この点は、国民の言語生活の実態を調べている国立国語研究所として、何よりも指摘したかったことである。言葉の問題は、強者である使い手と弱者である受け手との間で生じることが多い。専門家から非専門家に伝えられる専門用語が引き起こす問題は、その典型である。理解できなくて当たり前の非専門家は、問い返すことすら気が引けてしまう。特に、医学は専門性が高く、医療を受ける側は身も心も弱っているため、この問題が強く現れやすい。強者側の医療者が、弱者である患者の理解度を思いやることが、強く求められる分野なのだ。

■リレーエッセーを読んで

 さて、今回のリレーエッセーを読んで、わたしが一番感じたのは、多くの筆者の方が「インフォームド・コンセント」とは何なのかについて、体験や活動を通じて思考をめぐらしておられるということである。この用語が表す概念は、現代の医療のもっとも根本にあるものでありながら、その理念を実現するには困難が大きいからであろう。

 この用語については、わたしにとっても忘れられない思い出がある。国立国語研究所では、病院の言葉に取り組む前に、役所が国民に対して安易に使っている、分かりにくい外来語(カタカナ語)を言い換える提案を行った。その最初に発表した数十語のなかに、「インフォームド・コンセント」を「納得診療」と言い換える案を含めた。新聞の見出しなどにもこの言い換えが取り上げられたこともあり、医療者から、集中砲火を浴びた。そんな簡単な概念ではない、患者の誤解を招く言い換えだ、とんでもない誤訳である、などなど、この言い換えを真っ向から否定する意見がたくさん来た。

 その後、医療者の方と親しくお話しをするようになり、現場での様々な苦心を聞く機会を重ね、インフォームド・コンセントがいかに大変であり、そのためにどれだけの労力をかけているかを知った。部外者からいきなり言い換え案を示されたときの拒否反応が理解できた。しかし、その理念の核心はやはり患者の納得にあること、そしてこの概念は、自分や家族が受ける診療の場面に即して、「納得」できる「診療」として、万人に共有されるべきものだというところにあることを、改めて確信した。

■医療におけるコミュニケーション

 わたしは、役所の外来語を言い換える活動のほか、裁判員制度の実施に備えて日本弁護士連合会が行った法律用語の日常語化の活動にも参加した。役所、法廷、それぞれに難解用語の問題は根深く、一朝一夕に解決することは望めない。役所や法廷で働く専門家による、言い換えや説明の地道な努力が必要とされている。

 今回、病院の難解用語に取り組んでみて、役所や法廷と同等の、いやそれ以上の難しさを感じた。医学そのものの専門性の高さ、人の命やからだにかかわる問題という、重大さに起因するものであろう。しかし、医療の分野には他の分野にはない利点もあることに気づいた。医師、薬剤師、看護師、その他多くのコメディカルと言われる職種の人たちの存在である。こうした様々な立場の医療者がチームを組んで医療にあたるようになったことと、インフォームド・コンセントの理念の実現が図られるようになったこととは深く関係しているだろう。

 難しくなりがちな説明の内容を、医師の視点とは異なる見方で解きほぐしたり、患者の理解や納得がどの程度進んでいるのかを確かめたりする態勢は、医療に携わる人たちが協力し合うことで、得られやすいように思う。患者の立場に立った、医療コミュニケーションを医療界が実現できれば、難解用語の問題に悩む他の専門分野も参考にすることができると思う。

田中牧郎(たなか・まきろう) 1989年に東北大学大学院文学研究科国語学専攻博士課程後期単位取得後退学、96年に国立国語研究所研究員になり、06年から現職。文献資料による語彙(ごい)の史的研究を始めとして、02年から同研究所の「外来語言い換え提案」で作業部会事務局を務めるなど、難解用語の研究にも力を入れている。同研究所が着手した「病院の言葉を分かりやすくする提案」プロジェクトでは主担当者を務めている。05〜07年に日本弁護士連合会「法廷用語の日常語化プロジェクトチーム」委員。主要編著書(共著)に同研究所編「分かりやすく伝える 外来語言い換え手引」(06年、ぎょうせい)など。

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 病気になったり、けがをしたりした時、誰もが安心して納得のいく医療を受けたいと願います。多くの医師や看護師、様々な職種の人たちが、患者の命と健康を守るために懸命に働いています。でも、医師たちが次々と病院を去り、救急や産科、小児科などの医療がたちゆかなる地域も相次いでいます。日本の医療はどうなっていくのでしょうか。
 このコーナーでは、「あたたかい医療」を実現するためにはどうしたらいいのか、医療者と患者側の人たちがリレー形式のエッセーに思いをつづります。原則として毎週月曜に新しいエッセーを掲載します。最初のテーマは「コミュニケーション」。医療者と患者側が心を通わせる道を、体験を通して考えます。ご意見、ご感想をお待ちしています。

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