水産資源の枯渇が深刻だ。欧米や中国を中心に魚の需要が伸びる一方、保護や管理が行き届かない。世界の主な水産物の4分の3以上が、今後も漁獲を維持できるかどうか限界に達している。水産物の乱獲は、日本の食卓とも結びつく。環境に配慮した漁業が求められる。
○規制緩い海にしわ寄せ 米、「持続可能な管理漁業」で枠削減
午前2時。1隻のトロール船がタイ南部ソンクラー県の漁港に着いた。
底引き網で取った10種類ほどの魚が、次々と水揚げされる。イトヨリ、キンメダイ、グチ……。かまぼこやちくわの原料となるすり身に加工され、大半は日本に輸出されている。
ひときわ小さな魚が詰まったかごの前で、ソンクラー漁港事務所のブンスーム・オンゲーオさん(55)が立ち止まった。体長10センチくらいの魚を手のひらにのせ、「このイトヨリは赤ちゃんなんですが」と顔をしかめた。本来取ってきたイトヨリは15センチ以上、重さで5倍以上も違う。「細かい目の網で取るから、小さい魚も一緒に入ってしまう」
タイ政府水産局は、トロールの漁網の目は正方形の対角線にして2.5センチ以上と法律で定めている。しかし違反が横行し、1〜1.5センチ程度の網を使って小さい魚も取る船が多いという。トロール船の数も、国内で2万隻までと規制しているが5万隻に達したと言われている。
幼いうちに取れば、数は減るばかりだ。水産関係者は「規制を守るようにすべきだが、漁民は生活がかかっているし、小さな魚でも必要とする工場がある。どうしようもない」と頭を抱える。
「タイ湾で、以前5日ぐらいで取れたのと同じ魚の量を取るためには、今は10日かかる」と漁師のスティナム・ゲトゥンさん(25)は話す。
魚を求め、乱獲の舞台は遠くの漁場へと広がる。インドネシアやマレーシアとの合弁企業をつくり、その周辺海域にまで出かけるようになった。
もともと、すり身に使われる魚の代表格は、北太平洋産のスケトウダラだった。
米国アラスカ。アリューシャン列島の港町は今、ベーリング海でのスケトウダラ漁のシーズンまっただ中だ。
今年、漁に大きな変化があった。国連海洋法条約に基づき各国が設定する漁獲可能量(TAC)制度で、米国は、ここ数年間にわたって140万〜150万トン程度に保ってきた年間漁獲量の上限を、資源保存のため今年は100万トンまで一気に減らしたのだ。
「米国は、世界でも最先端の持続可能な管理漁業をしている。漁業関係者もそれを自負し、ルールを受け入れている」。現地ですり身を生産するユニシー社の山瀬茂継さん(46)は言う。漁船には米国海洋漁業局から派遣された監視者も乗り、漁が適正かチェックしているという。
当然、米国から日本に入るすり身は減る。さらに近年、欧州向けにスケトウダラの半身魚(フィレ)の生産が増えていることも影響し、今年1〜4月の米国からの日本への輸出は、前年同期より25%少ない2万6408トン。価格も跳ね上がっている。
日本の業界はすり身を確保するため、ますますタイに熱い視線を向ける。ソンクラーにあるすり身工場の一つは、昨年よりも生産量を2、3割増やした。「アラスカでの漁獲枠が減って日本の取引先から要望があった」という。
米国のようなTAC制度はタイにはなく、漁獲量は無制限だ。サムットサコンにすり身工場があるアピトゥーン社のピブーン・チューンチュサクル社長(56)は「小さい魚を取ることそのものを規制しない限り、資源は無くなる」。
タイからすり身を輸入している日本の関係者は、「将来も資源が残るか心配だが、タイが資源管理を厳しくしてすり身生産が減るのも困る」と本音を明かした。
世界的に需要が増える中、規制が緩い地域では、ますますしわ寄せが起きかねない。
○水産物奪い合う時代に 新鮮・手軽・健康……すし人気爆発
香港きっての繁華街の一つ銅鑼湾(コーズウェイベイ)。歩いて1分以内の場所に回転ずし店が3店ひしめく。
「花板寿司(ずし)」に家族で来ていた唐碧燕(トンベックイーン)さん(40)は「月2、3回は食べる。中華料理は調味料をたくさん使うけれど、すしは新鮮でそのまま食べられる。健康にもいい」。
「香港人は以前、生魚を食べる習慣はなかった」と花板寿司のマネジャー葉秀英(イップサウイン)さん(40)。だが、2年ほど前から、すし人気が爆発し、価格を低めに抑えた回転ずし店が続々と増えている。
花板寿司は2月、日本料理店の系列店として開店。葉さんは「若者を中心にいろんな食事を試すようになり、健康にもいいということで普及した。魚を食べる量が増えている。競争は激しいが市場は広がるはず」。遅くとも来年早々には2店目を出す予定だ。
ネタの多くは輸入に頼る。香港の魚市場には、まだ刺し身用のものはほとんどなく、福岡や名古屋で競り落としたネタが航空機で午後には香港へ。夕食時には間に合う。
魚の消費量は、日本では食生活の変化で減る傾向にあるが、世界的には伸びている。
日本では80年代半ばから消費は伸びていない。これに対し、欧米では健康志向の高まりなどが影響し、米国では03年までの30年間で国民1人当たりの消費が1.4倍、欧州連合(EU)諸国で1.3倍になった。特に、中国では経済成長も手伝ってこの30年間で5倍になった。
世界の他の地域からの水産物の輸入額は、95〜97年の平均と02〜04年の平均を比べると欧州は32%増、中国は36%増、北米は46%増だ。すでに水産物を奪い合う時代になっているとされる。
国連食糧農業機関(FAO)の06年世界漁業・養殖業白書によると、世界全体の1人あたりの魚介類の消費量は過去40年間にわたって増え、61年の9.0キロから03年に推定16.5キロにあがった。世界人口の増加とともに、さらに増えるのは確実だ。
○認証を受けた商品にエコラベル 国内100種以上、日本版も始動
広島大学大学院の山尾政博教授(水産経済)は「漁業者が持続的に資源を利用することはもちろんだが、国や貿易、消費する側も責任をもつべきだ」と指摘する。
FAOの05年のデータでは、世界の水産資源の52%は持続的に漁獲できる上限いっぱいに取られていて、25%は過剰に取られているか枯渇、あるいは枯渇状況から回復中。余裕ある資源は23%にすぎない。74年の40%から減少が続いている。
こうした中、乱獲ではない環境に配慮した漁業によって得られた水産物商品を認証する制度が動き出している。
世界自然保護基金(WWF)と食品会社が97年に設立した海洋管理協議会(MSC、本部・ロンドン)のエコラベル。認証を受けた商品には青いマークがつけられる。過剰な漁業をせず資源を枯渇させない、海の生態系や多様性を守る――などの原則を基に細かい基準を設定し、第三者の認証機関が審査する。
日本では06年7月に初めてこのラベル付きの商品が店頭に並んだ。アラスカ産サーモンの切り身だった。その後徐々に増えて今年4月には、国内のエコラベルの品数が100種類以上になった。
今月15日現在、米アリューシャン列島のスケトウダラ漁や英国ヘイスティングス湾のシタビラメ漁など、世界で31の漁業が認証を受けている。日本で認証を受けた漁業はないが、京都府機船底曳(そこびき)網漁業連合会のズワイガニとアカガレイ漁が審査中だ。
日本版も始動し、運営するマリン・エコラベル・ジャパンが昨年末、発足した。早ければ今秋、日本海のベニズワイガニ漁が認定される見通し。(神田明美)