2008年11月21日
プッチーニの生誕地、ルッカの街
プッチーニ像。好きだった葉巻をくわえている
フィアット508(FIAT提供)
マッサチュッコリ湖。湖畔の別荘から多くの名曲が誕生した
プッチーニが所有していたのと同時代のランチア
■電気ショックという曲
今年はイタリアを代表するオペラ作曲家のひとり、ジャコモ・プッチーニ(1858−1924)の生誕150周年である。
それにちなんだユニークな演奏会を、先日東京で聴くことができた。東京文化会館大ホールで14日に行われたピアニスト・関孝弘のリサイタルである。イタリア文化会館の後援によるもので、本国でも触れる機会が滅多にないプッチーニのピアノ作品を、それも一夜で全曲弾くという日本初の企画だ。
なかでも興味深かったのは、「電気ショック La scossa elettorica」と名付けられた小品である。
そのいわれが面白い。物理学者アレッサンドロ・ヴォルタ――電圧を示す単位「ボルト」の起源となった人物である――の電池発明100年を記念し、当時の無線技師協会から委嘱された作品であるという。ロマンティックな作風で知られる作曲家にしては珍しくマーチ風なのにも驚くが、「電池」という現代的アイテムにちなんで作品を書いているところが、妙にそそられるではないか。
■GTさえも経験したプッチーニ
モダンといえば、プッチーニはアメリカのジョージ・ガーシュウィンやモーリス・ラヴェルと並び、大のクルマ好き作曲家だった。
プッチーニが買った最初のクルマは、1901年ド・ディオン・ブートンだった。フランス製の、いわば“輸入車”である。だが、イタリアにおける本格的自動車産業として立ち上げられたフィアットがようやく創業3年目を迎えた頃である。当時ドイツと並ぶクルマ先進国だったフランス車を買うというのは、当然の成り行きだったのだろう。
プッチーニはさっそく、生誕地でもあるルッカとマッサチュッコリ湖畔の別荘を往復するのに愛車を駆るようになった。その距離約28キロ。ボクは彼をしのんで何度か同じ道を走ってみたことがある。ルートにはかのアウレリア街道も含まれている。
また後年には、アルプスを越えたヨーロッパ各国へのグランドツーリングも行っている。やがてプッチーニは国産車にも興味を示し始めたようで、フィアット501やランチアのトリカッパ、同じくランチアのラムダなどを乗り継いだ。
■ああ、もし生きていたならば
トリカッパは、当時としては怒涛のパワーともいえる4598ccのV型8気筒エンジンを搭載していた。ラムダは、世界初のモノコック・ボディをもち、デザイン的にも極めて軽快かつ優美である。その車種選択に、なかなかのクルマ好きがうかがえる。
音楽家と乗り物といえば、指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908−1989)は生前に飛行機の操縦をたしなんでいて、演奏する都市に自家用機で移動することもあった。
しかし考えてみてほしい。ゴットリープ・ダイムラーとカール・ベンツによるガソリン自動車誕生を1886年とすると、プッチーニが最初にクルマを手に入れたのは、それからわずか15年後である。極めて歴史の浅い道具を彼は手に入れたことになる。それに当時、自家用車の希少性といったら、現代の飛行機以上であったことは容易に想像できる。
ついでに計算してみると、プッチーニが初めてクルマを買ったのは、彼が43歳の年である。いわば「おじさんのチャレンジ」だったわけだ。
オペラ作品で振り返ると、1896年に『ラ・ボエーム』、1900年に『トスカ』で成功したあとに、プッチーニは運転を始めた。
記録によれば、プッチーニはスピードオーバーによる交通事故で重症を負っている。だがボク自身は、彼の音楽作品のダイナミックさは、自動車という新種の乗り物による未曾有の加速感や、今よりずっと大音量であったエグゾーストノートの高揚に少なからず触発されたものと信じている。
かの『蝶々夫人』の初演は1904年。まさに“4輪の上でできた作品”といってもよいかもしれない。
ああ、もし今彼が生きていたなら、ぜひ本欄のために彼のクルマに関してインタビューしたかった。喜んで取材に応じてくれただろう。冒頭のような「電気」への興味からして、今ならとっくにハイブリッド車のCMに出演していたことも予想される。
いや待てよ。プッチーニは相当な色男で、さまざまな女性と浮き名を流していたという。写真週刊誌に追われ、クルマ関係の取材どころではなかった…かもしれない。

歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
主な著書に『イタリア式クルマ生活術』、『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。