2008年11月7日
ベントレー・フライングスパー・コンティネンタル・スピード
その内装。後席エンターテインメントパッケージ装着車
日産KIX
日産の軽ラインナップ。これにクリッパー・リオが加わる
都内の駅にて。「男ですから」の看板
■大場久美子以来か
先日、1年ぶりに東京の街に降り立った途端、目に飛び込んできたのは、新型ホンダ・オデッセイの広告だった。車両とともにジョージ・クルーニーの顔写真が並んでいる。本人も驚くであろう巨大サイズである。
ある自動車雑誌の関係者によれば、そのクルーニーの駅貼りポスターは盗難が多発したという。盗まれたポスター伝説といえば、70年代に一眼レフカメラのモデルを務めた大場久美子のものを思い出すが、いまだそんなことがあるとは驚いた。
■2つの発表会
それはさておき、去る10月30日、日本の自動車界を象徴するようなふたつの発表会が同じ日に催された。
ひとつは、『ベントレー・コンティネンタル・フライングスパー2009年モデル』のプレビューである。場所は六本木ヒルズの高級ホテル、グランドハイアット東京だ。09年には従来型フライングスパーの改良型に加え、最高出力610馬力を誇る「スピード」が新たに加わる。これはベントレー史上だけでなく、英国の自動車史上、最大のパワーであるという。
ベントレー・モータース・ジャパンのティム・マッキンレー代表によれば、ベントレーのアジア太平洋地域における08年販売台数は1000台に達すると予想され、アルナージュ・モデルの日本における販売実績は世界中でも上位であるという。
記者発表のあとのフォトセッションでは、いきなり西洋人モデルのカップルが登場した。続く内覧会では、BGMとして音楽グループ「ピンク・マルティーニ」の曲が流れていた。歌詞はといえば、「Je ne veux pas travailler(私は働きたくないわ)」である。
そのアナザー・ワールドな世界に、ボクなどは本当にその場で働きたくなくなってしまった。欧州に住んでいても、こういう2千万円超の自動車に「あなた、何のお仕事で成功したんですか?」と思わずインタビューしたくなるような紳士が乗っているのを目撃するのは、ロンドン、パリ、モナコくらいである。
それと同じクルマが東洋で売れているとは。今さらながらアジアの時代の到来を感じた。
■ターゲットは熟年ユーザー
もうひとつは日産の新型軽SUV『キックス(KIX)』の発表会である。こちらは、日産銀座本社1階の一角を仕切って行われた。
三菱からOEM供給を受けるモデルで、基本はパジェロ・ミニと共通である。日産にとっては、5車種めのOEMによる軽だ。こちらの最高出力64馬力である。ベントレーよりひと桁少ない。販売目標台数は月300台と慎重な数字である。
それ以上に驚いたのは、会場で解説された商品コンセプトだった。デザイン的には若者にも格好よく映ると思うのだが、想定ユーザーは「第2の人生を謳歌する50〜60歳代」という。
さらに商品説明は、軽の安い維持コストで「浮いたお金を遊びに回せる」こと、見切りが良く運転しやすいフロントフード……と熟年層への配慮が続く。
ベントレーが売れているのも時代なら、こちらも時代である。
でも待てよ。ボクが子供だった70年代に、父の郷里である長野の田舎に行くと、近所のおばあさんが初代スズキ・ジムニーにひょいと乗り込み、巧みに運転していたものだ。
豪雪地であることや公共交通機関が限られていたことが背景にあるのだろうが、あのおばあさんは熟年・高齢SUVユーザーの先駆けだったというわけか。
■怒ったぞ、クルーニー
ところで冒頭のジョージ・クルーニーのポスターには、「いい車が好きだ。男ですから」というキャッチが付いている。
ボク自身は「いい車」に乗るよりも、京王井の頭線に乗り、その路線に多いといわれる美人女性乗客を眺めているほうが性に合っている。「いい女子が好きだ。男ですから」のほうが、よほど健康的であると信じている。
そのテレビCM版にもちょっとがっかりした。「落ち」がないのだ。クルーニーは、イタリアではちょっと前までフィアットの小型車「イデア」のCMに出ていた。彼がサンルーフを開けて車内で気持ちよく昼寝していると、通りがかったジョギング中のお姉さんにしっかり覗かれる、というものである。 もっと傑作だったのは、数年前同じくイタリアで放映された洋酒マルティーニのCMだ。クルーニーが手ぶらでパーティーに訪れると、玄関の女性に「No Martini,No party」と言ってドアを閉められてしまう。それに懲りた彼は、ふたたびドアの前で待つ。背後にはマルティーニの木箱を何箱も積んで、という具合だ。
それに対して、オデッセイのCMはミラノと思われる街角でクルーニーがクルマから降り立ち、パーキングメーターにコインを入れて、にこやかに歩いてゆくだけだ。
実は深夜になると、「歩道の段差につまづく」篇とか「犬に吠えられる」篇とか放映されているのか?などと期待しているのだが、いっこうにない。
二枚目ながらユーモラスなクルーニーの魅力が引き出されていない。ボクは、思わずテレビの前で「おいッ!」と怒号を上げてしまった。
分析が難しい日本の自動車業界を垣間見たあと、このCMを見たらさらに複雑な気持ちになる。
そんなことを考えながら、日産本社をあとにして銀座駅の階段を下りたときである。ヤマト運輸の広告が貼られていた。
キャッチを見て笑ってしまった――「宅配は、ネコである。」 やられた、と思った。誰でもとっくに気づいていて良さそうな、こんな駄洒落コピーがまだあったとは。
頭を使えば、まだまだいける。「これで日本も安心だ」と、懐メロを口ずさみながら地下鉄に飛び乗った。

歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。
主な著書に『イタリア式クルマ生活術』、『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。